昭和50年06月30日 朝の御理解
御神訓 一、
「神は声もなし、形も見えず、疑わば限りなし。恐るべし。疑いを去れよ。」
神様は信ずる者を信ずると仰せられる。信心は神様を信ずると言う事が信心です。半信半疑では、やっぱりおかげも半分になります。疑うてかかれば、皆が嘘になります。それこそ疑えば限り無し恐るべし。疑いを去れよと仰っておられます。そこで私共が信心をさせて頂いておって、段々と疑う余地がなくなって来る。神様の実在とかお働きと云うものを、疑う余地がない程しに段々信心を進め。
高めて行くのでなからなければなりません。昨日こちらを退らして頂いて、五時頃だったでしょうか。電話が掛かってきた。直方の先生が今から発ちますから、どうぞ先生とお会いが出来ます様にと云う。私は直方教会の先生とばっかり思うておったら、直方の、ある高校の先生であった。それを直方の行本さんと、安藤さんと二人が同道でお参りされました。もうお食事終っておりましたので、色々お話を聞かせて頂いたんですけれども、もう二十五年間、高校の先生をなさっておられる。
中学、高校ですね。仲々昨日の話じゃないけれども、非常に常識も豊であんなさいますし、道徳的な先生云うなら昔風な先生。例えて例を申しますと最近もう学生達が、隠れてタバコを喫む。それでそういうのを皆集めてから、私も永年好きで喫んできたタバコを止めるから、お前達もいっちょ止めてくれと云うて、生徒に測りましたらね非常に効果を上げていると云う様な話をなさいました。
仲々今時そういう先生はありませんですよね。自分も好きで何十年のんで来たタバコなんだけれども、君達はまだ喫煙の出来る年輩ではないのだから、先生も止めるからお前達も止めてくれと。それだけでどういう風な先生か、教育者らしい教育者と昔の。そういう風に感じられるわけです。まあ色々と難儀な問題を幾つも、本当に難儀な問題を抱えておられます。子供さんのこと奥さんのこと。
奥さんなんかは結婚された年から、手足が不自由になられて、それでも矢張り非常に働き好きですから、畑に出て草を取ったり色んな野菜なんかを作るのは、奥さんが作られるそうです。けれどもそういう難儀の中に、話を聞かせて頂きよってから、私は思いました。本当に私共はおかげを受けておるなぁ。そのおかげを頂いて居るという事は、やっぱり信ずるところから生まれて来ておるなぁという風に、改めて思わせて頂いたんですけれども。私はその先生とは反対です。
結婚された年から、奥さんは体が不自由になられた。私は家内と結婚致します時には、家内が大変に体が弱かったです。夏でもサラシ一反は必ず捲いとかなければ出来んと云う様に、足袋を外した事が無い夏冬。そして時々胃痙攣が起こる。もう色々の病気その為にあんまり弱いから、母親が豊受稲荷と云うお稲荷様に願を立ててる。決して正月の餅を絶対に一生頂きませんという願を掛けた、と云う程しに子供の時から弱かったわけです。だから私と結婚する前は、名前を豊乃と云ってました。
大体は五十枝が本当なんです。けれども、豊受稲荷のお稲荷さんで、豊の字を頂いて改名までしとる。それまでは豊乃と呼んでましたけれども、私の方へ参りましてからは親から付けて頂きました一番初めの五十枝と云う名前に、また元に戻しました。そして私の方へ来ましてから、胃痙攣らしい胃痙攣を北京時代に起こしましたっきり、それこそ私の方の家内が病気で休んだと言う事はもう何十年間ございません。
先日も家内と話したんですけれども、本当今の家の若い女の修行生の方達でも、嫁達でも知らごっちゃない、ほんなごつやっぱ、痛いとか苦しいから休むんです。けれども家の家内だけはまあだ寝んだ事がありません。お前はそれだけでもおかげ頂いとるとばい。それはたまにはね、ほんに今日は寝ろうごとあるという風に。頭が痛かったりなんかする事もあるけれども、そこがやっぱり先生、辛抱して来たとですよと云うて、私に申した事でした二、三日前。と、云う程しにおかげを頂いて居る。
私はあの人と結婚します時に、親教会にお届けをさせて貰いました。そして体の弱いことも、お届けしましたら、桂先生の奥様の話を頂きました。もう娘時代から病み袋と云う程しに、体全体、病気のために当時二代金光様、四神様の元へしげしげと佐木の村から山越えして御霊地御参拝になった。それが四神様の御口添えで、桂先生と御結婚になると云う事になった。その時に三人の候補者があった。
それで三人の名前を書いて、この中のどれを貰うたらよいだろうかと、桂先生がお伺いをなさった時に、四神様がみつさんですね、当時の名前はは覚えませんが、名前はみつと仰いますが、そのみつさんの上に〇を付けられた。それで四神様にこの女は三人の中で一番条件の悪い女でございます。第一村ではね病み袋と云う程しに、体に病気を持った女ですと云うたと云うて仰った時にね
「おかげを受ければ結構じゃ」と仰ったそうです。それこそ私の方の家内じゃないけども、桂先生と結婚されて、八十幾つまで長生きのおかげを受けられましたですね。もうそれこそ、かくしゃくとして御用が出来られました。お晩年の頃まで。だからおかげを受ければよい。その話を伺った時に私もおかげを受ければ良い。これを信じました。おかげで、子供も七人も産みました。
もう体こそ小さいけれども、それこそおかげを頂いて、今日までそれこそ寝たことは無い、病気で寝た事ないと云う程におかげを頂いております。ですから私がその事を如何に信じたかと云うことが分かるでしょうが。これだけでも本当に私の方の家内は矢張り私と結婚した事を感謝しなければいけない事になる。それは修養も積まれ道徳的でもあり、もうあらゆる神様仏様も、そういう訳で随分迷いに迷われて、お参りもなさったんだけれども、奥さんがその学校の先生の場合なんかはね。
結婚されたその年から病気になられて、今は五十八歳と仰っておられます、何十年間病気の奥さんを抱えながらの難儀をして居られます。昨日森部の高山さん所の、息子さん夫婦がお礼に出て参りました。前日久留米の西鉄の前でクレーン車に乗った。そして沢山見物人がある中で自動車を上に吊り上げる作業をしておった。所がそれが落ちたそうです。それこそ道を越えてそこまで行く迄は、もう足がガタガタ震えてですね、誰か下敷になって段おらんじゃろうかと思うて。
所がおかげでスレスレの所でおかげを頂いて、怪我人一人も出来ずおかげを頂いたと言うて、夫婦でお礼に出て来た。その前日ですか、久富さん所の、久富組の奥さんが、昼御礼参拝して見えました。今日は先生広大なおかげを頂きましたと云うて。一つ半になりますお孫さんが、自動車の下に入っとった。それを知らずに運転した。何かガタッと云うたから、降りてみた所が、子供が這い出して来よったと云う。
聞いただけでも身の毛のよだつ様な話なんです。私はトラックか何かと思いよったら、昨日、久富先生の話では、お父さんが自家用車だったと云う話を聞いて、尚またびっくりしました。どうでしょう自分の可愛い孫を自分の車でひき殺したてんなんてん云うならのぅや。おかげ頂いて居る。これはもう四、五日になりますけれども、安東さん所の岩光の部落で、奥さんはここへ参って来ます。
その方の御主人は、吉井の鋳物工場に勤めております。それがその日に限って体が悪かったから、今日俺は休むと云うて休まれた。その日に工場で事故が起こって居る。自分が丁度何時も仕事をする上で、鉄がどろどろに溶けとるそれがロープが切れてから下に返ったそうですから、それこそ即死だったそうです。もう本当に人間の運命と云うものは分かりません。帰られて本当に神様のおかげでとばっかりと喜んじゃおられん。
自分が出とりゃ、自分がやられとるとじゃけれども、自分が出らなかったばっかりに、その人を殺したと言う様な、まあ自責の念にかられて、まぁそちらにお悔やみに行かれた。所がそりゃ悲しいこと、特別の事ですけれども、まぁこれは人間の運命で避けられない事だったけれども、まぁ喜んで下さいとは、言わっしゃらじゃったでしょうけれども、そういう意味の話を聞いてきてやれやれと。いわゆる神様の御神慮の深さに恐れ入ってしもうたと云うことでございます。
丁度少しばっかり前に生命保険に一千万円ばかりかたってあった。1回納めたところであった。だから事故ですから、倍額で返って来るそうです。だから嫁さんやら孫達は,おかげで立ち行くと云う様な意味の事を聞いて来られてです。もう本当に胸撫で下ろす様に、本当に自分のために犠牲になられた事は何だけれども、そういう神様が自分を助けて下さる為には、そういう運命に遭わなければならない人を使うて、そう言う事になっただけではなくて、それに対する後の手当の事まで、神様は考えておって下さったとしか思われない様な事故であった。
そして私昨日その事を特別奉修員の方に聞いて頂いた事でございましたけれどもね。そういう身の毛のよだつ様な、間髪を入れずと言う様なおかげを頂くと言う事がです。私はその事が有難いけれども、平穏無事でそれと同じ様な神様の特別の働きをもって、そういう御守護の中にあると言う事を信じなさいと言う事でございました。今日は愈々大祓式でございます。沢山の車が集まって来るでしょう。沢山の人がお祓を受ける為に、合楽の大祓式だけにはどうでもと云うて、大祓式の日だけ参って来る人もあるです。
これも二、三日前に熊谷さんのお届けをされますのに、何時も沢山自分の知合いの所に、配って回られる訳です。その中に二軒だけもう今年は、私家にはよかろうと断わられたところがあった。ところがその二軒だけが事故が起こっとる。一軒は亡くなっておられる。先生どんなもんでしょうか。断わられちゃ居るけれども、今年はどげんさして貰おうかと云うから、普通で云うならばそげん断られてから、押売はせんがええばのと言いたい所だけれどもこれは矢張り熊谷さん、神心じゃろうのと私は。
いうなら御守護を受ける、受けない事が、こんなにも違うと言う事を、はっきり聞いた以上は、例え断わられても一遍矢張りお話をすべきじゃなかろうかと云うて、お話をしたことでした。昨日敬親会で敬親会に見えて、その方は自分でもお話をしておられましたが、どうぞ宜しくお願いしますと云うて二軒共、ここに祓えつものを預かってきましたと言うて居られました。
云うならば例えばお祓いを受けるとか、祓えつものを祓うて頂いたとかと云うことがです。神様のお働きを特別に御守護を受けることが出来るんだと信ずることですよ。そこに私は、信ずる者を神は信ずると云うことになります。神は声もなし形も見えない。自分達の上に災難が掛かって来たつじゃない。御信者さん誰彼の上にそういう、例えば今のその三つ四つの例を話しましたが。
そういう例えば奇跡的なおかげと云う様なおかげの中に、私共が日々平穏無事でおかげを頂いておると言う事も、そういう神様の御守護を受けて居るんだと信ずることです、信心とは。だからいよいよ平穏無事であり、いよいよ大難は少難、少難は無難でお祀り替えが頂ける様なおかげにもなって来る訳でございます。私はまぁだ大した信心は出来とりませんでしたけれども、矢張り金光様一本でおかげを頂いております。
私は結婚しました時にです、家内を貰う時に私と結婚するならば、健康になるとこれを信じた。それが何十年間おかげを頂いて、病気らしい病気一回したことがない。寝んだことがないと云う程しにです、おかげを受けて私の半身として御用が出来ておる。ですから同じ願わせて頂くでも、今日私は或方のことをお願いさせて頂いておりましたら、鉢巻をして真剣を持って、こうやって構えておられる所を頂いたがです。
形だけは鉢巻をして真剣を持っておられますけれども、もう云うならば隙だらけと云うかまあこげんせにゃでけんでしとると云うた風な感じのね、いわば御心眼を頂かせて貰うて真剣と云うなら、真剣を持って居ると云うだけじゃない。さあ何処からでも打ち込んで来いと云う、一分の隙の無い様な構えが必要だと言う事です。信じとりますと云うても、信ずる度合と云うものがです、そういう構えを以て、神様を信ずる事の出来る信心を、愈々高めて行きたい。
そして様々な体験から愈々神様の間違いないお働き、しかも一分一厘間違いのない御守護の中に、私共がある事実を信念させて貰う、信心させて貰う所から、神は信ずる者を信ずると云われる様なおかげとはなって来るのでございます。お願いをしとるばってん大丈夫じゃろうかと、もうこれは半信半疑です。そこで私共が本気で真剣に、はまって修行させて頂きますと腹が出来ますどん腹が。そして神様を信ずる力が、愈々下からこう盛り盛りと湧いてきます。それが愈々おかげをキャッチするのです。
信心しておっても矢張り半信半疑の人もありますけども。厳密に云うなら皆がそうではないかと思いますけども、愈々神様を信ずる事の出来れる働きをです、自分の体験の上に、または今日聞いて頂いた様な話から成程おかげを頂く。親先生の祈りと言うものが、信者の一人一人の上にあの様に働きがあって居るんだと云う事を、信じて皆さんが下さるならば、又合楽での御比礼も皆さんが受けられるおかげも、一段と鮮やかなものになって来ると思うです。神を信じての生活それが信心生活だと思うですね。
どうぞ。